2010年度eラーニング連続セミナーについて


ネットコミュニケーション研究部門

久保田真一郎


はじめに


 20054月から始まったeラーニング連続セミナーは,国内外の著名なeラーニングに関する専門家を招き,開催されている.本報告では,2010年度に行われた第18回「eラーニングと学習意欲のデザイン」,第19回「eラーニングとオープンテクノロジー」の連続セミナーについて報告する.


18eラーニング連続セミナー


 「eラーニングと学習意欲のデザイン」というテーマで2010712日に熊本大学大学くすのき会館レセプションルームで開催された.「eラーニングと動機づけ:ARCSモデルからのアプローチ (e-Learning and Motivation: The ARCS Model Approach)」というタイトルでジョン・M・ケラー 博士(フロリダ州立大学名誉教授)にご講演いただいた.


 ケラー先生はインストラクショナルデザインを専門とされ,中でもARCSモデルという学習の動機付けモデルを提唱されたことで有名であり,谷口学長をはじめ多数の聴講者で会場は賑わった.


 ケラー先生は,講演の冒頭で本学の鈴木克明教授のARCSモデルに関する寄与は大きいと述べられ,講演の話の中にも幾度となく鈴木教授の功績が紹介されていた.


 ケラー先生の講演は次の質問から始まった.「eラーニングが教育者に取って素晴らしいものとされるが,学生にとってはどうでしょうか.」この質問から私は,eラーニングは教授者が教えるために利用するのではなく,学習者が学ぶために利用するものでなければならないのだと感じた.教授者が教えるためのeラーニングは素材や実装をつまらなくしてしまう問題や講義におけるコミュニケーションなどの社会的なつながりを不足させるという問題を抱えることになるとケラー先生は指摘した.また,教授者の言葉を通説(Myths)としてとりあげ,それに対する現実(Realities)についてひとつひとつ解説があった.ケラー先生は,教授者は「学習者の動機に責任を負うことができない」というが,その実は「動機は指導者の責任である」とし,「動機を持った学習者は楽しんでいる」というが,その実は「学習する動機は手段であって目的ではない」とし,「学習意欲を引き出す講義を作る素質を持っていない」というが,「動機付けデザインは体系的なプロセスである」として,ARCSモデルを考える仮定の話へと展開された.


 講演では,Volition(意志)をふくむARCS-Vモデルへの拡張についても解説があった.モデルの話からデザインプロセスの話へと興味の尽きない話であった.最後にケラー先生のWebページ(http://arcsmodel.com)の紹介もあり,さらに詳しく考えるための情報を提供いただいた.


19eラーニング連続セミナー


 「eラーニングとオープンテクノロジー」というテーマで2011119日に熊本大学全学教育棟 1F 多目的会議室において開催された.講師には,千葉工業大学教授で,日本eラーニングコンソシアム副会長,熊本大学客員教授の仲林 清 氏とスペインVigo大学准教授で,熊本大学客員研究員,日本学術振興会外国人特別研究員のManuel Caeiro Rodriguez 氏をお招きし,講演いただいた.


 仲林教授からは「オープンエデュケーションの光と影」というタイトルで講演がおこなわれた.オープンエデュケーションについてeラーニングのeの時代からオープンのoの時代,そして今後,コラボレーションやコミュニティといったcの時代が来るだろうという話が印象的である.オープンエデュケーションをopen technology,オープンコースウェア,クリエイティブコモンズなどのopen content,教育ナレッジの共有・連携,ソーシャルラーニングなどのopen knowlegde と分類して解説が行われた.講演ではLinuxコミュニティをとりあげ,その

良い面,悪い面について,E.S.レイモンド氏の論文「伽藍とバザール」をとりあげ「Linuxコミュニティが贈与と賞賛から成り立っている」やブルックス氏「ブルックスの法則」,ジェラルド・ワインバーグ氏「オープンにするとバグフィックスが早い」などを交えて解説があり,非常に興味深かった.


 Manuel氏から「Integration of tools from third-party providers into e-learning

systems: proposals and standardization」というタイトルで講演が行われた.Educational Modelling Languagesの解説を含む内容でその基礎や成り立ちなど日本国内ではなかなか聞くことのできない話に関心が集まった.特にLMSと学習ツールで情報を共有するための標準化について詳しい解説が行われ,IMS Learning Tools Interoperability(IMS LTI)はその仕様が非常に膨大で使い勝手がわるいことがあり,IMS Basic LTIというシンプルで利用が容易な仕様が多く利用されているなどの解説があった.この講演があった時点で,Blackboard, moodle, sakai など11LMSIMS Basic LTI準拠としており,IMS Basic LTI準拠のツールが8つ存在する.また,Vigo大学での取り組みとして,Wookieプロジェクト,eラーニングシステムでゲームを取り入れる試みのGAMETELプロジェクト,iTECプロジェクトなどの紹介もあった.


まとめ


 2010年度もeラーニングに関する広く情報共有を行う場としてこのセミナーが開かれ,学内に向けてはeラーニングの活用とその啓蒙に活用され,学外に向けては熊本大学のeラーニングの取り組みをアピールする機会となっている.これほど世界的に先端的な研究の話を聞くことができ,議論できる場を提供するセミナーはなく,今後の熊本大学の高等教育のためにも継続して開催されることを期待する.